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大阪高等裁判所 平成5年(行ケ)8号 判決

原告(選定当事者) 上田昭吾・(選定当事者) 佐藤絢一郎

被告 兵庫県選挙管理委員会

代理人 一谷好文 門田要輔 川井忠雄 ほか三名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

平成五年七月一八日に行われた衆議院議員選挙兵庫県第一区における選挙を無効とする。

第二事案の概要

本件は、平成五年七月一八日に行われた衆議院議員選挙兵庫県第一区における選挙(以下「本件選挙」という。)について、開票の管理ないし事務手続に違法な点があるとして、同区の選挙人である原告(選定当事者)らが、選挙無効の判決を求めるものである。

一  争いのない事実

1  原告らを含む別紙選定者目録記載の選定者らは、本件選挙で兵庫県第一区における選挙で投票した選挙人である。

2  本件選挙の兵庫県第一区須磨区開票区及び長田区開票区の各開票所において

(一) 開票立会人は、開票管理者とともに、投票箱の施錠と鍵袋を点検し、

(二) 開票立会人が、手元に回付された疑問投票及び無効投票の効力を点検し、

(三) 開票立会人が、開票管理者とともに、投票保管箱を封印し、

(四) 開票事務従事者の点検の段階で明らかに有効と判断された投票(以下「完全有効投票」という。)が投票総数の約九九パーセントを占めており、

(五) 開票事務が、開票管理者の指揮の下に、神戸市本庁及び区役所等の市職員により行われた。

二  争点

前記須磨区開票区及び長田区開票区の各開票所における開票手続について、本件選挙を無効とすべき違法な点があったか否かである。

原告らは、右開票手続について公職選挙法六六条二項等に違反する点があるとして、次のとおり主張する。

1  開票管理者からの開票立会人に対する注意事項は、開票事務の妨げとならないよう妄りに席を離れてはならないとか、私語を禁ずるとか、トイレに行くのも開票管理者に断ってほしいとか、行動を制約する傾向が強いものばかりであった。

2  完全有効投票を開票立会人の手元に持ってゆくこともせず、また、開票立会人を集積台に案内もしなかった。

3  開票立会人は、求められた行為以外できる雰囲気ではなかったし、疑問投票の効力についての協議、決定作業に忙殺されてしまって、他の動きが取れない状態であった。

4  開票事務を行った会場の設定も適切ではなく、開票立会人の席は集票台や得票計算係の席には自席から直接行けないよう分断された所に設定されていたし、参観人の席も開票事務が行われるのを見通せない場所に置かれていた。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第四当裁判所の判断

(長田区開票所について)

一  〈証拠略〉によれば、次の各事実が認められる。

1 本件選挙の長田区開票所における開票立会人と決定されていた浅田勇他九名に対して、平成五年七月一六日、開票立会人の仕事内容や心がけるべき事項などを記載した手引書を同封した参会通知書が各選挙事務所宛に送付された。

2 長田区開票所は、神戸市長田区若松町五丁目五番一号所在の神戸市新長田勤労市民センター三階体育館に設置されたが、その配置は凡そ別紙配置図(一)のとおりであった。なお、同図の投票集積台は、開票事務が開始された当初には表示の場所には置かれておらず、後記の完全有効投票が並べられる直前頃に配置されている。

3 そして、長田区開票所においては、本件選挙の行われた同月一八日の午後七時二〇分頃、同区選挙管理委員会委員長である管理者が、すでに所定の席に着席していた開票立会人や事務従事者に対して挨拶したが、その中で開票立会人に関して開票の進展に合わせて立会人席の前に点検の終わった投票を並べるので適宜見てほしいと述べている。

4 その後午後七時三〇分から開票作業が開始されたが、疑問審査班に回付されていた完全有効投票以外の投票は、同班において分類された上、午後九時から午後九時四五分頃までの間に四回に分けて開票立会人席に運ばれ、管理者及び開票立会人による点検を受けたが、右のようにして運ばれてきた投票の点検について開票立会人一人当たりにつき要した時間は一〇分程度であった。

5 また、完全有効投票については、同日午後九時頃、長田区選挙管理委員会事務長である枦山勲男から、開票立会人に対して今から事務従事者による点検の終わった投票を順次並べるので適宜見てほしい旨告げた後、九時四五分頃までの間に開票事務従事者が三回に分けて括束した同投票を、すでに設定されていた集積台の上に候補者別に他の投票と混同しないような配置をしながら並べたが、この間に開票立会人の誰からも何らの意見は出なかったし、特に集積台の所に行って同投票を確認する行動を取った者もいなかった。

6 長田区開票所における開票事務は同日午後一〇時頃に終了したが、その際に各開票立会人は、各候補者の得票を集計した得票計算票〈証拠略〉の所定の欄にその内容を確認する趣旨で全員押印しており、また、各候補者ごとの得票数等開票の記録が記載された開票録〈証拠略〉の末尾の「我々は、この開票録の記載が真正であることを確認して、署名する。」と記載された文言の後に全員署名している。

なお、証人浅田勇の証言中には、右3項及び5項のように管理者ないし事務長から投票確認についての発言があったことを否定する部分があるが、その証言内容は前後で変更されている部分もあり、当時右関係者の発言を注意深く聞いていなかったことを認めている点等を考慮し、同証言以外の前掲各証拠と対比すると、右証言部分は採用できないし、また、同証人は開票立会人席と集積台の間隔についても配置図(一)の表示より広く、一・三ないし一・五メートル位あったと述べているが、それは単に二人ほどが通るだけの間隔があったということを理由とするもので、特にそれ以上の明確な根拠を有するものではないことが窺われるから、この部分も前同様に採用できないし、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

二  以上に認定した事実をもとに、原告らが問題としている点について検討すると、まず、開票事務を行った会場の設定の点であるが、開票立会人の席は長机四脚(長さ合計七・二メートル)が連続して並べられ、管理者を中央にしてその両側に五名ずつ着席する配置となっていたが、各開票立会人が前方の投票の置かれていた場所に行こうとすれば、その背後を通って机の両端側から前方に出て行くだけの間隔は充分に確保されていたものといえるのであって、原告らの主張するように、開票立会人の席が集積台や得票計算係の席には自席から直接行けないよう分断された所に設定されていたものとはいえない。

ただ、原告らが主張するように、完全有効投票は開票立会人の手元まで持って行く方法は取られておらず、また、開票立会人を特に集積台に案内する措置はとられていなかったけれども、集積台は立会人席の前方約八〇センチメートルの所にあり、その間に特に見通しを妨げるような物は置かれておらず、集積台の上に置かれた投票用紙の状況は開票立会人から容易に見ることが出来る状況にあり、その配置も各候補者別に点検することが可能な形態となっていたし、前記の机の配置等からみて開票立会人の誰でもそこに行ける状況であったうえ、前記のように管理者ないし事務長から投票の確認に関して注意がされていたことも考慮すると、前記のような進行経過があったことにより開票立会人の投票についての自由な点検ないしはその効力についての意見表明の機会が妨げられたものとはいえないのであって、右のような扱い方は開票手続についての法規定に違反するもの解することはできない。

また、原告らは、開票立会人は疑問投票の効力についての協議、決定作業に忙殺されてしまって、他の動きが取れない状態であったとして、完全有効投票の確認の余裕がなかったことをも主張しているものと解されるが、前記のように完全有効投票以外の投票に関する作業に要した時間は多くなく、これによって完全有効投票の確認作業が妨げられる状況にあったものとはいえないし、この点に関して当時管理者らに対して異議ないし要望が出された形跡もない。

なお、原告らは、参観人の席の配置も相当でなく、参観人は開票事務が行われるのを見通せない場所に置かれていた旨主張するが、配置図(一)の表示する位置と前掲〈証拠略〉を総合すると、参観人席が特に開票事務が行われるのを見通すのに不適切な場所に設けられていたものと解することはできない。

以上に検討したように、本件選挙の長田区開票所における開票手続に関して原告らの主張するような公職選挙法六六条二項の規定ないし趣旨等に反する違法な点があったものということはできない。

(須磨区開票所について)

一  〈証拠略〉によれば、次の各事実が認められる。

1 本件選挙の須磨区開票所における開票立会人と決定されていた佐藤進一郎他九名に対して、平成五年七月一六日、開票立会人の公職選挙法六六条、六七条等に基づく仕事内容や心がけるべき事項などを記載した手引書を同封した参会通知書が各選挙事務所宛に送付された。

2 須磨区開票所は、神戸市須磨区中島町一丁目二番三号所在の神戸市須磨区民センター四階大ホールに設置されたが、その配置は、凡そ開票事務開始時点では別紙配置図(二)、内容点検事務が始まる段階では同(三)のとおりであった。なお、同図の投票集積台は、開票事務が開始された当初には表示の場所には置かれておらず、床にテープを貼って配置予定場所が決められていた。

3 そして、須磨区開票所においては、本件選挙の行われた同月一八日の午後七時一五分過ぎ頃、管理者の簡単な挨拶に続いて同区選挙管理委員会事務長上田市夫が、すでに所定の席に着席していた開票立会人や事務従事者に対して開票手続を詳しく説明した後、開票立会人に対する依頼事項として、〈1〉開票立会人は正当な事由がなければ途中で辞任できないこと、〈2〉開票が全て終了するまで立会いをすること、〈3〉七時一五分になったら管理者とともに投票箱の鍵の点検をすること、〈4〉票が開披台に取り出された後、投票箱とビニール袋が空であることを確認すること、〈5〉完全有効投票は、開票立会人席の前の机の上の集積台に候補者ごとに五〇〇票単位で一括して積むので自由に見てほしいこと、〈6〉疑問票、無効票は、係員が順次持ち回るので押印をしてほしいことなどを述べている。

4 その後午後七時三〇分から開票作業が開始されたが、審査班に回付されていた完全有効投票以外の投票は、同班において疑問投票、無効投票に分類された上、それぞれ午後九時四〇分頃から午後一〇時二〇分頃までの間に数回に分けて開票立会人席に運ばれ、管理者及び開票立会人による点検を受けたが、右のようにして運ばれてきた投票の点検について開票立会人一人当たりにつき要した時間は一〇分ないし一五分程度であった。

5 また、完全有効投票については、同日午後九時三〇分頃、当時選挙事務に従事していた選挙管理委員会の参事から、開票立会人に対して今から事務従事者による点検の終わった投票を順次並べるので適宜見てほしい旨告げた後、開票事務従事者が数回に分けて括束した同投票を、すでに設定されていた集積台の上に候補者別に他の投票と混同しないような配置をしながら並べたが、この間に開票立会人の誰からも何らの意見は出なかったし、特に集積台の所に行って同投票を確認する行動を取った者もいなかった。

6 須磨区開票所における開票事務は同日午後一〇時三〇分頃に終了したが、その際に各開票立会人は、各投票者の得票を集計した得票計算票〈証拠略〉の所定の欄にその内容を確認する趣旨で全員押印しており、また、各候補者ごとの得票数等開票の記録が記載された開票録〈証拠略〉の末尾の「我々は、この開票録の記載が真正であることを確認して、署名する。」と記載された文言の後に全員署名している。

なお、証人佐藤進一郎の証言中には、右3項及び5項のように管理者ないし事務長から投票確認についての発言があったことを否定する部分があるが、同証言以外の前掲各証拠と対比すると、右証言部分は採用できないし、また、同証人は開票立会人席と集積台の間隔についても配置図(三)の表示より広く、一・五メートル位あったと述べているが、それは三人の人が行き来するだけの間隔があったということを理由とするもので、特にそれ以上の明確な根拠を有するものではないことが窺われるから、この部分も前同様に採用できないし、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

二  以上に認定した事実をもとに、原告らが本件選挙の開票事務について問題としている点について検討すると、まず、開票事務を行った会場の設定の点であるが、開票立会人の席は長机五脚(長さ合計九メートル)が連続して並べられ、管理者を中央にしてその両側に五名ずつ着席する配置となっていたが、各開票立会人が前方の投票の置かれていた場所に行こうとすれば、その背後を通って机の両端側から前方に出て行くだけの間隔は充分に確保されていたものといえるのであって、原告らの主張するように、開票立会人の席が集積台や得票計算係の席には自席から直接行けないよう分断された所に設定されていたものとはいえない。

ただ、原告らが主張するように、完全有効投票は開票立会人の手元まで持って行く方法は取られておらず、また、開票立会人を特に集積台に案内する措置は取られていなかったけれども、集積台は立会人席の前方約六〇センチメートルの所にあり、その間に特に見通しを妨げるような物は置かれておらず、集積台の上に置かれた投票用紙の状況は開票立会人から容易に見ることが出来る状況にあり、その配置も各候補者別に点検することが可能な形態となっていたし、前記の机の配置等からみて開票立会人の誰でもそこに行ける状況であったうえ、前記のように管理者ないし事務長から投票の確認に関して注意がされていたことも考慮すると、前記のような進行経過があったことにより開票立会人の投票についての自由な点検ないしはその効力についての意見表明の機会が妨げられたものとはいえないのであって、右のような扱い方は開票手続についての法規定に違反するものと解することはできない。

また、原告らは、開票立会人は疑問投票の効力についての協議、決定作業に忙殺されてしまって、他の動きが取れない状態であったとして、完全有効投票の確認の余裕がなかったことをも主張しているものと解されるが、前記のように完全有効投票以外の投票に関する作業に要した時間は多くなく、これによって完全有効投票の確認作業が妨げられる状況にあったものとはいえないし、この点に関して当時管理者らに対して異議ないし要望が出された形跡もない。

なお、原告らは、参観人の席の配置も相当でなく、参観人は開票事務が行われるのを見通せない場所に置かれていた旨主張するが、配置図(二)、(三)の表示する位置と前掲〈証拠略〉を総合すると、参観人席が特に開票事務が行われるのを見通すのに不適切な場所に置かれていたものと解することはできない。

以上に検討したように、本件選挙の須磨区開票所における開票手続に関して原告らの主張するような公職選挙法六六条二項の規定ないし趣旨等に反する違法な点があったものということはできない。

第五結論

よって、本件選挙の前記長田区及び須磨区開票所の開票手続に関して違法な点があったものということはできないから、原告らの本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 島田禮介 大石貢二 羽田弘)

別紙選定者目録〈略〉

平成5年7月18日執行 衆議院議員総選挙(兵庫県第1区)

神戸市長田区開票所配置詳細図

配置図(一)〈省略〉

平成5年7月18日執行 衆議院議員総選挙(兵庫県第1区)

神戸市須磨区開票所配置詳細図(開披・分類)

配置図(二)〈省略〉

平成5年7月18日執行 衆議院議員総選挙(兵庫県第1区)

神戸市須磨区開票所配置詳細図(点検以降)

配置図(三)〈省略〉

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